年齢=障害者家族歴な主婦のドタバタのほほん日和

重度自閉症者のきょうだい児として育ち、結婚後は軽度知的障害児二人の母になりました。障害支援分野でNsをやっています ☆

中学支援級生活始動。いきなり卒業後進路の話

みなさんこんにちは。

6月に休校が明け、1番っ子の中学校生活も分散登校からいよいよ本格的なものになってきました。

途中夏休みがありましたが、おかげさまで暑い中でも元気に学校に通うことができています。

やはり中学校は小学校とは違う雰囲気のようで、毎日神経をすり減らしているのでしょう。

元気と言っても夕方以降はいつも疲れた様子の1番っ子です。

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初めての三者面談

6月末に中学校で三者面談がありました。

長引く休校生活がようやく開け、分散登校開始から1か月弱。

本人が中学校生活にまだまだ慣れていない中で、親と先生と向かい合って3人でお話をする場が設けられたのです。

我が子は二人とも小学校入学時から支援級に所属しながらも、学校生活の半分以上を普通級で過ごしています。

中学校に入学してもそれは変わらず。

その為、小学校時代と同様に今回も支援級・普通級それぞれの担任の先生とお話をしました。

先に普通級の先生と。

普通級での授業の様子を中心に教えていただきました。

きちんと着席して先生のお話を聞いているとのこと(40%くらいしか理解していないんでしょうけど)。

時間枠があるため10分程度で終了しました。

次に支援級に行って、こちらの担任の先生とお話しました。

入学式の日もきちんと会ってお話できなかったので、やっと親として顔を合わせてご挨拶がすることができました。

ご挨拶後に着席して切り出された話題は、いきなり「中学卒業後の進路」についてでした。

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「卒業後の進路は早めに決めましょう」

「一年生のうちから決めても早すぎることはありません。三年生になってから進路相談の場で親子喧嘩をする人たちもいますけどね(笑)」と。

なんと!つい数か月前までは小学校卒業を控え、中学ではどんな生活が待っているんだろうと頭の中がグルグルしていたのに。

まだ「1番っ子の中学生活」をミジンコ程度しか把握できていない段階。

だって休校開けてしばらくは週二回登校とか、二時間授業とか、午前又は午後授業とかが続いて、安定した学校生活もできない日が続いたので。

やっとそれが明けた状況という中でも、中学卒業後について話し合わなくてはならないとは!!

そういえば六年生の時に見学に来たときも、卒業後の進路について説明されたような・・・。

www.mosikasitara-iina.work

 一応高校進学を希望していますよ。

ハイ、成績はそんなによろしくないです。

なんとか基礎を解くくらいはできますが、如何せん知的障がいがあるので3か月後には解き方を忘れてしまうんですよ。

だからとにかく基礎を繰り返し勉強しています。

根気強く繰り返せばある程度は定着します、ハイ。

家庭学習は一時間くらいなら毎日でもできますよ。

仕事や家事が終わってから教えるこちらも大変なので、そんなにやらないことも多々ありますが、ハイ。

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ちなみに志望校は決まっているのか聞かれたので、地域の公立高校2校の名前を上げました。

こちらの高校は公立ながらも、ここ数年は軽度の知的・発達障がいを持つ学生を積極的に受け入れて支援を行っている高校です。

片方は療育手帳を持っている受験生対象の特別枠もあるそうです。

入学試験はない代わりに、中学生のうちから説明会や体験会に参加や面接が必須とのこと。

どちらも我が家からバス一本で通学できる場所にあります。

受験しない手はありません!!

 

しかし先生からは

「普通高校に行くとなれば健常の子たちと一緒の授業を受ける必要があり、勉強についていけなければ留年や退学をしなければならない可能性もあるけど大丈夫ですか?」

と心配されてしまいました。

というのも先生のかつての教え子に、1番っ子と同じよう授業にはきちんと参加できていたけど理解は難しくて、でも本人の希望で定時制高校に進学したけどやはり学習についていけなくて2ヶ月で退学してしまったお子さんがいたそうで・・・。

大勢の健常の子たちと並んで頑張って高校生活を送るよりも、少人数制の養護学校分教室でのんびり勉強して過ごした方が良いのではないか。

普段からよく頑張っている分、その方が評価されることもたくさんあるだろうし、リーダー的役割を任される可能性もある。

任された役割を前向きに行えるようにも支援してくれるはず。

きっと1番っ子の自信にもつながるでしょう。

と・・・・。

 

「支援を受けれる普通高校で、勉強も学生生活も頑張る」「頑張り過ぎず、分教室で長所を伸ばし自信を育てる」どちらが良い?

先生はその後消息が分からない教え子のことを気にしているのようでした。

定時制なら大丈夫かもと思っていた・・・と。

そして公立普通高校の障がい児支援制度はここ数年始まったばかりで、良いともそうでないとも評価できる段階ではないらしいです。

だから安易におすすめはできない。

頑張って卒業できるならいいけど、頑張りきれなかったら?

第三者からの評価に値する良いところがあるのなら、それを存分に発揮しやすい場所に行くことも検討してみては?

高校生活にもなれば、小学生の頃のように親の意向を軸とすることはできなくなります。

本人の中で、高校生活への希望やヤル気がなくなってしまえば辞めざるを得ないのです。

その分、養護学校の分教室なら学生生活の充実もさることながら、個の特性に応じて卒業後に向けた就労訓練もしてくれるし、サポートは手厚いですよ。

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・・・正直、私も最近はそう思っています。

親としてではなく、いち障害福祉系支援職員として。

小学校高学年、というか思春期に入ってから、1番っ子はどんどん障がい児らしくなってきました。

障がい児といっても軽度だったので、幼児期こそ言葉を年相応にすら話せなかったですが、低学年時代は「まだまだ幼い子ども達」の中にある程度は自然と混ざっていることができました。

というよりも、先生方がさりげなくサポートしてくれていたから、自然と混ざることも楽しく学校生活を送ることもできていたのだと思います。

しかし成長するにつれて、実年齢と能力の差が顕著になっていきました。

六年生になると身長は160cmを超えました。

見た目はもう子どもではありません。

「軽度知的障がい児の精神年齢は、実年齢×3/4」と以前主治医に言われたことがあります。

つまり六年生でも、見た目は子どもらしくなくなっても、中身は三年生程度。

その上でASDとADHD(多分)も併せ持っているのです。

参観日に六年生の集会を遠目から見ていても、なんとも言えぬ違和感を感じたものです。

1番っ子はきちんと座って静かに話を聞いていましたが。

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この先さらに実年齢と能力の差は広がり、「なんとも言えない違和感」を感じることも強くなっていくのでしょう。

中学校生活では、普通級に友達はいないと言っていました。

話す相手もいないと。

給食は支援級で食べることになっているので、昼休みもそこで過ごすことが多いそうです。

支援級は小学校時代の支援級仲間が多数いるし、いまも先輩・後輩関係なく仲良く関わることができるようで楽しく過ごしているらしいです。

 

果たして1番っ子の学校生活の大半を、これまで同様支援級在籍にしつつ普通級中心に過ごすことが、本人にとって良いことなのか分からなくなってきました。

充実した学校生活を送ってほしいと思います。

しかし中学校生活の「充実」って一体何なんでしょう?

勉強や部活を頑張ること?

たくさんの友達と健全に仲良く過ごすこと?

何をもってして「充実」とするかは本人にしか分かりません。

親が決めることではないのです。

実年齢と能力の差がある1番っ子が、同年齢集団の中でどこまでうまくやって行けるのか・・・・

そして何よりも、1番っ子の日常にとって何が大切なことなのか。

もしかしたら親の理想とは違うものを求めているのかもしれません。

でも私にはそれが何か分からないのです。

中学校に入ってから急に口数が少なくなってしまった1番っ子。

実際、学校で困っていることはあるのかすら分かりません。

聞いても「うーん、ないよ~(ゴニョゴニョ)」としか答えてくれません。

しつこく聞こうとしても「ないってば」と言って自室に行ってしまうようになりました。

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はっきりとした答えが欲しい。

「学校楽しい!!」と笑顔でいっぱい話してもらえたら(これが親の勝手な理想なんでしょうね)。

反抗期というほどの反抗はありませんが・・・。

嗚呼中学生、これも成長なんですね・・・。

母はなんだか寂しいと共に、分からないことによる漠然とした不安を感じてしまうのです。

 

本人は「普通高校に行きたい」らしい

小学生の頃から「〇〇高校に行きたい」と言っていた1番っ子。

理由は「友達のお兄さんが進学した高校」だから。

小学校に入学したときは6年生だったそのお兄さんが、高校の制服を着て通学している姿を見て「かっこいい」と思ったのでしょう。

そんなもんです、きっかけなんて。

今はコロナ禍で受験者向け学校説明会も開催しづらい状況でしょうが、養護学校分教室や障がい児支援を謳う公立高校で何かしらの会が行われるのならば、しっかり参加するつもりです。

情報をしっかり集めて、その上で1番っ子にはこれまで通りしっかり学習を毎日行うように促していきます。

結局、自分で得ることができた情報の中から選びたくなると思うのです。

親に決めてもらうのではなく、自分が進む道は自分で考え選んで生きていきたいと、1番っ子は望んでいます。

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自分で選び生きていく「自由」と「責任」

私は障がい児者支援のお仕事をしています。

だから、1番っ子に合いそう&安全で平穏な道を準備してあげることならできます。

しかし私が準備をした道を歩くということは、私の手の内にいて私の理想通りの生き方をするということです。

そこに1番っ子自身の気持ちはほとんど反映されません。

多少は汲むこともあるでしょうが。

自分で考え自分で選ぶということは、「思い通りに生きる」ということではありません。

世間を見て、いろんな人に出会い、生き方を学び、ときに困難を感じ、乗り越えられない現実もあることを知り、自分の能力を見極め、それに合った道を探し歩いて行くということです。

そしてどの道にも、それなりのルールややるべきことがあります。

どの道を選んでも大なり小なり社会に支えてもらうのだから、迷惑を掛けないように必ずルールは守らなければなりません。

そしてやるべきことを成さなければなりません。

それは誰にでも共通する事実。

自分で道を選び歩いて行くためには、社会のルールを守り、自分の選択に責任を持って行動する必要があるのです

それが出来ないのならば、親として「自由」を認めることはできません。

「自由」を諦めて、私が用意した生き方をしてもらわなければなりません。

もしかしたら、それはそれでいいのかも・・・と思う自分もいます。

療育手帳は幼児期からから所持しています。

福祉で完全包囲して守ってあげる準備は、何年も前からできています。

しかし本人が「自分で選ぶ自由」を求めるのであれば支持してあげたいし、その前にある大事なことを知ってほしいのです。

我慢をしなければならないことや理不尽なこと、納得できなくても受け入れなければいけないことに直面することもあるでしょう。

「やりたくないからやらない」は通用しないことが多いのです。

「でも自分の好きなように自由に選び、決めて生きたい」は難しいのです。

苦しく感じながらもそれと向き合って生きていく覚悟があるならば、親として我が子の「自由」を認め、応援したいです。

大変なことは分かっているけど、背中をそっと押してあげたいのです。

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9月に初めての定期テストがあります

先日、定期テストについて1番っ子は「支援級の人は受けなくてもいいんだって」と私に言ってきました。

実際そのようで、先生からも「定期テストは受けますか?」と確認をされました。

1番っ子は「テストなんて面倒だから受けたくない」と話していましたが、私は問答無用で「受けなさい」と返事しました。

 

「できない」のではなく「面倒だから」ならば、受けなさい。

卒業後の進路を自分で選びたいのならば受けなさい。

選択肢を持ちたいのならば受けなさい。

面倒でも挑戦して、自分自身を知りなさい。

そこから考えて、自分が進むべき道を選んで生きなさい。

「充実した生活」を送れるように、いつも応援しているから。

「幸せな人生」を送れるように、心から願っているから。

壁にぶち当たったときは、ちゃんと力になってあげるから。

だからやりなさい。

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1番っ子は、すべての教科のテストを受けることにしました。

普通級では数学・理科を受けておらず、支援級で小学校低学年レベルの授業を受けているにもかかわらず。

まぁ、良い点数は取れないでしょう。

それでもいいのです。

さぁ、今週は定期テスト。

頑張っていこうぜぃ!!