1番っ子と2番っ子はインタビューごっこがブームです。
食べ物ネタは鉄板ですよね。
小学6年生の1番っ子は、将来親元を離れて暮らすことを考えるようになりました。
社会性の発達の目安として小学校低学年辺りで「大人への心理的依存から脱却」を開始し、思春期には「心理的自立を試みる」と言われています。
きっとこれに当たるのものでしょう。試行錯誤してきた中でこの点は順調に進むことができました。
でも一人は寂しいのか、2番っ子には変わらず傍にいてほしいみたい(笑)。
でもあえなく撃沈。
その理由は・・・・
ホッケ、美味しいですよね。今度買おう。
ちなみに2番っ子は現在小学2年生。バリバリ小学校低学年真っただ中です。
しかし「大人への心理的依存からの脱却」は勿論のこと、まだ将来「母と離れて暮らすこと」は1mmたりとも考えられないようです。
「大きくなったら電車の運転手さんになって、〇〇駅から△△駅まで(3駅)運転するお仕事して、5時になったらバスの運転手さんをして、バスを運転しながらおうちに帰ってきてお母さんと一緒にご飯を食べる」予定らしいです(笑)。
帰宅後のバスはどうする気だ。
心理的自立までの過程
↓↓↓は「大人への心理的依存からの脱却の開始」について
小学校低学年頃までの子どもたちは、大人の社会の秩序に組み込まれて、かつ保護されています。当然、自分よりも大人の判断を信頼しているため、大人社会から与えられる秩序(ルール)を疑うこともなければ、そうした守られた状況自体に疑問を持つこともありません。遊びも、大人の目の届く所で、時には大人と一緒に遊ぶという、大人に依存した形で行われます。しかし児童期になると、同性の友達とグループを作り、その中でルールを作り、グループの友達にしか通じない秘密の暗号などを共有したりしながら一緒に様々な遊びを行い、友達と一緒に活動する時間が増加します。こういったグループでの行動は、自立性の発達において重要な一歩といえます。
↓↓↓は思春期以降の「心理的自立を試みる」について
こころの面では、それまで依存していた大人から、心理的に自立しようとするこころの動きが出てきます。大人社会から与えられる秩序(ルール)や、大人から守られている状況に疑問を持つようになり、なんだかわからないけれども反発したくなる、モヤモヤ・イライラする、と表現されるような衝動が、自分自身も意図しないところで突き上げてきます。そして、これまでの大人から与えられた秩序(ルール)や価値観を捉え直しながら、“自分”というものを模索します。身体的には大人を追い越すほど大きく成長している子どもたちであっても、精神的に自立し、自分を確立できているかというと必ずしもそうではありません。周囲の大人に反抗したり甘えたりを繰り返し、時には大人の目からは不可解で我慢ならないような態度をとりながら、少しずつこころを発達させていきます。子どもが身体やこころの変化を受け容れ、“自分づくり”をしていく過程において、「自分は周囲から受け容れられてきた」という安心感と、「反抗する時も甘える時も大人が受け止めてくれる」という信頼感が必要となります。
つまり一人の人間として心理的自立をするためには、それまでに大人に影から見守られながら同年齢の子ども達の中である程度揉まれて社会生活を送るということがとても重要であるということなんですね。
まとめ
1番っ子はいずれ来るであろう「親が傍にいない生活」について自ら考えるようになってきました(これは反抗期の開始の合図かも…)。
私達親はどんどん年を取り、いつかは老いて自分自身のことさえもままならなくなり死にます。
そうなったときに子ども達が困らないように、親の手助けがなくても暮らせる術を少しでも身につけるように、具体的に考え練習していく段階に入ってきたということなのかもしれません。